オバマ大統領の広島スピーチに学ぶ、刺さるスピーチの技術

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2016年5月27日、オバマ大統領は広島市の平和記念公園で原爆死没者慰霊碑に献花し、スピーチを行いました。
このスピーチは戦没者への追悼だけでなく、日本国民、ひいては全世界に向けた平和へのメッセージでした。
当たり障りのない内容なってもおかしくない文脈の中で行われた今回のスピーチでしたが、実際は単なる歴史認識や意思表示を超え、聴衆に希望を与えるような、そんなスピーチでした。


恐怖ではなく、愛を説いた


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オバマ大統領はそのスピーチの中で次のように語りました。

we must have the courage to escape the logic of fear
(恐れからくる論理から逃れる勇気を持つ)


人が行動するときの動機は大きく分けて2つに分類されます。
「愛」か「恐れ」です。
今回のオバマ大統領のスピーチは、「愛」を起点にして人間なら誰しもが理解できる根源的な価値観に訴えたという点で、大まかなスピーチの流れについては批判の難しい内容であったと思います。
反対に「恐れ」からくるメッセージは人を先導しやすい一方で反感や批判を受けることが多くなります。
ドナルド・トランプ氏の言葉に人々が熱狂するのは、彼のメッセージに「恐れ」の要素が盛り込まれているからです。

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「愛」を起点にした言い回し


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今回のオバマ大統領のスピーチから、いくつか抜粋してみます。

And perhaps, above all, we must reimagine our connection to one another as members of one human race.
(そしてなによりも、私たちは一つの人類として、互いのつながりを考え直さなければならないでしょう。)


The irreducible worth of every person, the insistence that every life is precious, the radical and necessary notion that we are part of a single human family — that is the story that we all must tell.
(どんな人にも同じように価値があり、かけがえのない命がある。そして我々人類は一つの家族であるという基本的な考え方。これこそが、私たちが伝えるべき物語です。)


That is why we come to Hiroshima. So that we might think of people we love. The first smile from our children in the morning. The gentle touch from a spouse over the kitchen table. The comforting embrace of a parent. We can think of those things and know that those same precious moments took place here, 71 years ago.
(だから私たちは広島に来たのです。愛する人に思いを寄せるために。
朝、最初に見る子供達の笑顔。テーブル越しに妻との優しいふれあい。母と父の心地よい抱擁。71年前にもこういった大切な瞬間があったのだと知ることができます。)



みんなが出来ることとして伝える


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紛争や核兵器のない世界の実現や、平和を実現する取り組みは、実際に必要だと感じている人が大勢いるにもかかわらず、劇的な変化はなかなか起こりません。
その理由の一つは人々が「それを実現するのは自分の役割ではない」とか「そんなことは生きている間には到底無理だ」と考えているからでしょう。

このままではいけないと思ってはいるものの、すでに出来ることはない、このまま進んでいくしかない、と諦めているのかもしれません。
ポジティブな方向へ行動を起こす人を冷笑するような雰囲気が生まれることさえあります。
たしかに、人類の歴史は常に争いと共にあったといっても過言ではありません。そのように思うのも当然のことです。
実際にオバマ大統領もスピーチの中で次のように発言しています。

We may not be able to eliminate man’s capacity to do evil, so nations and the alliances that we form must possess the means to defend ourselves.
(人間の悪を根絶することはできないのかもしれません。自分たちを守るための手段は必要だからです。)


しかし、ここからスピーチは本記事冒頭で紹介したフレーズへと展開します。

But among those nations like my own that hold nuclear stockpiles, we must have the courage to escape the logic of fear and pursue a world without them.
(しかしアメリカをはじめとする核保有国は、恐れからくる論理から逃れる勇気を持ち、核のない世界を追求しなければなりません。)


そして結びでは、スピーチは我々一般市民のあり方にも訴えかけます。

The world was forever changed here, but today the children of this city will go through their day in peace. What a precious thing that is. It is worth protecting, and then extending to every child. That is a future we can choose, a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare but as the start of our own moral awakening.
(ここ広島で世界は変わってしまいました。しかし今日、この街の子供たちは平和に日々を送っています。なんと素晴らしいことでしょうか。これが守る価値のあるものです。そしてこれを世界の子供たちにもひろげていきましょう。これこそが私たちの選ぶ未来です。広島・長崎は核戦争ではなく、私たちの平和の夜明けだったのです。)


「もうあんな戦争を繰り返してはならない」と「恐れ」を説くのではなく、「子供たちの日々を守りましょう」というメッセージ。
オバマ大統領は「We(私たち)」を主語にしたスピーチをすることで有名ですが、今回も聴衆が状況を自分ごととして捉えられるような「We」スピーチになっていました。


まとめ


人を奮い立たせ、また動かすためには、希望を持ってもらわなくてはなりません。
広島でのスピーチを見てみると、次のような要素がうまく働いているようです。

・「恐れ」ではなく「愛」を説く
・身近な「選択」を与える

実はこの2つ、国の代表としてのスピーチに限らず、どんなコミュニケーションにおいても大切な要素。
このことについてはまた別の機会にまとめたいと思います。

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