謝罪の意味とは

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※本記事は特定の政治的思想を支持したり批判するものではありません。

2016年5月27日のオバマ大統領の広島訪問を受けて、謝罪する/しないといったことが議論になっています。

謝罪するとか、謝るという行為は一体なんなのでしょうか?
謝ったからといって、なにかが物質的にもとどおりになったりすることはもちろんありません。
そのためしばしば、「いまさら過去のことを謝罪させても意味がない」と言われることもあります。
しかしながら、目に見えない部分、つまり人と人との関係性においては何かしらの変化、意味がありそうです。
そうでなければ、ここまで謝罪が求められることはないでしょう。
では謝罪によって、関係性にどんな変化があるのでしょうか?


誰かに謝ってほしいとき


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「いいから謝ってよ!!」

って思う時ありますよね。
でも、実際に相手が謝っても、なんか釈然としない。
気持ちが全然こもってる感じがしない!
多分、謝罪は表面的に確認できるというだけで、本当に大事なのはそこに気持ちがこもっているかどうかなのです。

本当に申し訳ないと思っているのか。
罪の意識はあるのか。
これからどう償っていくのか。

きっと、たいていの場合は痛みを消してほしいんですね。
理解によって、尊重によって、これからの行動・償いによって、痛みを取り除いてほしい。
謝罪させて、その痛みの責任が相手にあることを確認したい。
相手にその痛みに対する責任を果たしてほしい、と。

逆に、その痛みを理解してくれていなければ、どれだけ謝罪があってもそれは形だけのものにみえてしまうことでしょう。
気持ちのこもってない謝罪は意味がないだけでなく、余計にその怒りを助長することさえあります。

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相手に分かってもらうために自分ができること


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謝罪は痛みを理解し、尊重しているかどうかを確認するための一つの手段にすぎません。
謝罪してほしいのではなく、それを分からせたい。
自分の辛い体験や、悲しみ、怒り、やりきれない思いをどうにか理解させたい。
だとすれば、「謝罪するべきだ」とか「謝れ」と強要することによって本当に望んでいる理解を得ることは難しいでしょう。

ひょっとしたら、相手はもう分かっているのかもしれません。
でも、相手にも痛みがあったとしたら?
なにかそうしなければならない訳があったのかもしれませんし、その人の大切にしたいなにかがそこにあったのかもしれません。
まずは自分が相手の痛みを分かろうとする努力が、ほんとうは必要なのでしょう。

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