NVC〜協働と共感のコミュニケーション〜③感情を感じる

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人間らしさ、ぬくもり感のあるコミュニケーションのために


「共に感じる」と書いて、「共感」。
普段の生活の中で、感情を感じることに意識を向けることはどれくらいあるでしょうか?

感情とはすなわち、人間にもともと備わっている人間らしさ。
でも、目まぐるしく動く現代において、なかなか時間をとって感情を味わうことは少ないように思います。
むしろ、合理性や効率を追い求めるあまり、特にビジネスシーンでは人間らしさを消すことが理想であるかのように語られることさえあります。

上司から命令に従う。
結果を報告する。
支配・被支配の関係性において、人間性はしばしば無視され、場合によっては否定さえされます。

コミュニケーションや関係性のなかに、人間らしさを取り戻す。
すこしだけスペースをとって、感情に目を向けてみると、関係性(自分自身との関係性も)が変容していきます。
自分の感情を認知し表現することができると、より気持ちを通わせやすくなります。


「感情」と「思考」を区別する


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感情に意識を向ける際に、注意したいことが一つあります。
それは、「自分がどう感じているか」と「自分がどう思っているか」を区別すること、つまり、「感情」と「思考」を区別することです。

例えば、

「彼から愛されていないように感じる」

これは、「感情」ではなく実は「思考」です。
「〇〇と感じる」のような表現は、思考で解釈を加えていることがほとんどです。
こうした思考や解釈の混じったものは、事実をそのまま言い表していないので、誤解が生まれたり、本当の人間らしい感情からは離れたものになってしまいます。
「〇〇と感じる」というのは、実は「〇〇と思っている」という意見の表出なんですね。

一方、純粋な感情であれば「楽しい」や「悲しい」というようなシンプルな言葉になるでしょう。
こうした感情はそれ自体が事実です。

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感情の責任は自分自身にある


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かといって、

「私は怒っている!」

と感情を直接だれかにぶつけろと言いたいのではありません。
そんなふうにぶつけたところで共感が生まれるはずもありませんよね。

大事なことは、この感情の責任を自分自身でとっているかどうかです。
私たちは、

「アイツのせいでイライラする」
とか
「あの人が〇〇するから悲しい」

と、自分の感情を誰かのせいにしたり、出来事によって引き起こされるものと考えがちですが、NVCでは自分の感情は自分に責任があると考えます。
他人の言動や出来事は感情を引き起こすトリガーになることはあっても、直接の原因になることはありません。

例えばデートの約束をドタキャンされて「がっかりした」とき。
NVCでは、このがっかりした感情の原因を「約束を破った恋人」とは考えません。 人の言動は私たちの感情を「刺激」することはあるかもしれませんが、それ自体が「原因」となることはなく、人の言動を受け取った時に「必要としていること」や「大事にしていること」が感情の原因となるのです。
したがって、

「記念日なのにドタキャンされてがっかりしたよ」

という言い方ではなく、

「記念日を楽しみにしていたから、がっかりしたよ」

と伝えることになります。

引用:会話に深みを。思いやりをもって共感的にコミュニケーションをとる方法


いきなり感情を伝えても、多くの場合、相手は自分がなにか原因を作ったのではないか、と身構えるでしょう。
そうではなくて、「自分が何を大切にしたいか」を表明するきっかけとして、感情を使うのです。

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